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仙台高等裁判所 昭和35年(ネ)236号 判決 1960年11月22日

控訴人 高瀬真一

被控訴人 有限会社佐藤クリーニング店

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、原判決を取り消し、訴状請求の趣旨のとおりの判決ならびに仮執行の宣言を求める、と申し立て被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述ならびに証拠の提出、援用、認否は被控訴代理人が乙第一号証を提出し、被控訴会社代表者尋問結果を援用し、控訴人が乙第一号証の成立を認めてこれを利益に援用したほかは原判決事実摘示と同じであるからこれをこゝに引用する。

理由

成立に争いのない甲第一ないし第六号証によれば、原判決別紙目録記載の不動産はもと控訴人の所有であつたところ、右不動産は福島地方裁判所会津若松支部昭和三二年(ケ)第一六号不動産競売事件で競売に付され、訴外江川孫市の競落するところとなり、同人は昭和三三年一二月三日同裁判所から控訴人に対する不動産引渡命令(同庁昭和三三年(ヲ)第八四号事件)を得たのであるが、控訴人は右不動産引渡命令に対する請求異議の訴を起し、昭和三四年三月二八日その控訴裁判所である仙台高等裁判所から右不動産引渡命令についての強制執行停止決定を得、ついで同年四月二日本件不動産に対する強制執行の停止を得たこと、他方控訴人と江川孫市間の会津若松簡易裁判所昭和三三年(ユ)第九三号家屋明渡調停事件につき昭和三四年一月八日「一、相手方(江川孫市を指す以下同じ)は左記不動産(本件不動産を指す)に対する福島地方裁判所会津若松支部昭和三三年(ヲ)第八四号引渡命令による執行は昭和三四年三月三一日までこれを猶予する。二、申立人(控訴人)は相手方に対し右期間中に前項家屋から円満に退去し土地建物を明渡すこと。」という趣旨の調停が成立したこと、その後江川孫市は右調停調書の正本に執行文の付与を受けたうえ福島地方裁判所郡山支部執行吏上遠野武に本件不動産明渡しの強制執行を委任し、同執行吏は昭和三四年六月三日本件不動産についての控訴人の占有を解き右江川孫市の指示した訴外薄正にその占有を得せしめて強制執行を了したことをそれぞれ認めることができる。控訴人は、江川孫市は前記強制執行停止決定を潜脱するため本件不動産明渡しの債務名義たり得ない前記調停調書によつて前叙のような強制執行に出たものであり、また、かりに前記調停調書が本件不動産明渡しの債務名義となり得るものとしても、江川は前叙強制執行に出る前である昭和三四年一月三〇日本件不動産を被控訴人に売却してその所有権を失い前記調停調書による執行債権者としての適格を失つていたものであつて、しかも江川も、前記執行吏も以上のことを熟知しながら敢て前記強制執行に出たのであるから右強制執行は江川が控訴人の本件不動産占有を侵奪した場合に該当すると主張する。そこで物の占有者が執行吏の強制執行によつてその物の占有を解かれた場合の中に右占有者が執行吏に強制執行を委任した者によつてその物の占有を侵奪されたものと認められる場合があるか否か別言すれば、右占有者が占有回収訴権を取得する場合があるか否かについて考察してみる。法は国家社会の平和と秩序を維持するために一方においては私人が私権を有すると否とを問わずにその私力を行使してあるがまゝの事実支配状態としての占有を乱すことを禁止し、他方においては私人のために私人が国家公権力を利用して私権を実現する制度を用意している。しかして占有回収訴権はその余の占有訴権とならんで、私力行使の禁止の実効性を確保する手段の一つとして右禁止に違反する行為によつて事実支配状態としての占有を奪われた者に対し原状回復および損害賠償の方法によつて救済を与えるためのものであつて、このことは遠くローマ法に由来するこの制度の沿革に徴して明らかであるのみならず、民法第二〇二条第二項が「占有ノ訴ハ本権ニ関スル理由ニ基キテ之ヲ裁判スルコトヲ得ズ」と規定していることにその実定法上の根拠を見出すことができるのである。これを要するに、占有回収訴権は私力行使の禁止と不可分に関連しこれを前提とした制度なのである。他方強制執行制度は、いうまでもなく法が私人のため国家公権力を利用して私権の実現をはかることができるよう用意したものゝ一つであつてこの種のその余の制度におけると同様、この制度のもとでの私権の実現が適正になされることを保障するため不当に強制執行を受ける者の救済手続を含む厳正な手続を定めている。しかしてかゝる強制執行制度が何人も利用できる客観的な制度として存在している以上、これを利用するに必要な執行請求権を有しないにかゝわらず執行機関を欺罔する等の手段を弄してこれを不正に利用する者もなしとはしないであろう。そしてかゝる者の不法な強制執行を受け救済手続を執るいとまもなく物の占有を奪われてしまつた場合を結果的にみれば法の禁ずる私力によつてその物の占有を奪われた場合といさゝかも異るところはないであろう。しかしながらこの際に用いられたのはやはり国家公権力であつて、法の禁じた私力ではないことに注目しなければならない。また、もしかゝる場合に占有の侵奪があるとするならば強制執行に出た者が執行請求権を有したか否かによつて占有侵奪の有無が左右されることになり、ひいては、それによつて強制執行を受けた者の占有回収訴権の有無が左右されることにならざるを得ないのであるが、執行請求権は私権の形相ともいうべきものであるから右のような帰結をとることは前記民法第二〇二条第二項の法意にもとるものであること明らかといわなければならない。以上述べたような観点からみると、民法第二〇〇条第一項にいわゆる「占有者カ其占有ヲ奪ハレタルトキ」とは、占有者が私人による私力の行使によつてその占有を奪われたときに限られるのであつて占有者が執行吏の強制執行によつて強制的に占有を解かれた場合の如きは、たとえそれが執行法上違法であつても、あるいは不当であつても占有者が物の占有を侵奪されたということはできないものと解するのが相当である。もつとも、執行吏の強制執行とはいつても、それが例えば債務名義が全く存在しない場合のように強制執行をなすべきでないことが一見して明白な場合であるにかゝわらず、執行吏が委任者と相通じ強制執行に藉口して敢てそのような行為に出たものと認められるような場合が万一ありとすれば、かゝる場合はそれを受ける者として執行法の定める救済手続によつて防禦することは全く期待できないし、執行吏のかゝる行為は正に私力の行使と断ずべきものであるから、このような場合は占有者は物の占有を侵奪された者として占有回収訴権による救済を与えられるものと解するを相当とする。

さて右に述べたような見解に立つて控訴人の前記主張について案ずるに、前叙認定の事実および甲第六号証によれば、前記執行吏上遠野武は本件不動産明渡しについて前記強制執行をするに当り正当な執行行為と信じてこれをなしたものであることがゆうに認められ、右強制執行を目して同執行吏が前記江川の委任により強制執行に藉口して私力を行使したものと断じなければならないような証拠は一つもないから、その余の判断をするまでもなく控訴人が前記強制執行によつて江川から本件不動産の占有を侵奪されたものということはできず、したがつて控訴人の前記主張は採用することができないものである。

そうとすれば控訴人の本訴請求はその余の判断をなすまでもなく失当として棄却を免れないから、これと結論を同じくする原判決は相当である。よつて民訴法第三八四条第一項によつて本件控訴を棄却し、控訴費用は敗訴当事者である控訴人の負担として主文のとおり判決する。

(裁判官 斎藤規矩三 石井義彦 宮崎富哉)

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